和裁の心得 中沢和裁師範学舎
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[ 43 ] 「土曜日特別コース」新設のお知らせ
掲載日 2012年1月5日(木) 19時05分


平日に通えない方のために、新たに「土曜日特別コース」を設けました。
詳しくは、お問い合わせ下さい。

【スケジュール】土曜 PM2:30〜PM5:30
【費用】1回3,500円
【ご用意頂くもの】材料、裁縫道具一式

[ 40 ] 「Yahoo!ロコ プレイス」 掲載のお知らせ
掲載日 2011年12月31日(土) 00時35分
「Yahoo!ロコ プレイス」に新しいご案内を掲載しました。

locoplace.jp/t000134442/contents/
を検索してご覧ください。

[ 37 ] 年末年始の休校のお知らせ
掲載日 2011年12月28日(水) 20時38分

中沢和裁師範学舎は、下記の日程でお休みいたします。

    12月30(金)〜1月9日(月)

[ 36 ] 振替休校のお知らせ
掲載日 2011年11月14日(月) 15時49分
中沢和裁師範学舎は、11月23日(祝)を開校して、25日(金)を振替休校にします。

[ 35 ] 夏季休校のお知らせ
掲載日 2011年7月23日(土) 16時41分
中沢和裁師範学舎は、8月13日(土)〜8月18日(木)をお休みにさせていただきます。

[ 34 ] ゴールデンウィーク期間中の休校のお知らせ
掲載日 2011年4月15日(金) 18時44分

中沢和裁師範学舎は、4月29日(金)〜5月8日(日)をお休みにさせていただきます。

[ 33 ] 「日本のおしゃれ展」−きもの美の神髄−に思う
掲載日 2011年2月11日(金) 17時05分
中沢和裁師範学舎では、次代を担う生徒さんたちが和裁国家検定の実技試験のために、この雪の中を出かけてゆきました。ほかの生徒さんたちの温かい応援に見送られ、日頃の実力を発揮してくれると信じています。


過日、松屋銀座の第8回・池田重子コレクション「日本のおしゃれ展」を見学しました。
この展覧会は「明治、大正、昭和三代のきものを通じて日本女性のおしゃれ心を現代によみがえらせようと」、平成5年12月に伊勢丹美術館で初めて開催されました。その第1回展の初日に伺って以来毎回欠かさずに見学させていただき、染め・織り・仕立て職人のすばらしい技術によるきものの美を堪能。そして、「明治・大正・昭和のきものを平成流に」というそのコーディネートには感歎しました。初回展は入場者48,000人、そのうち図録(解説:山辺知行先生)購入者15,000人。その大盛況ぶりはきもの業界で“事件”とまでいわれました。

第8回展は、ご自身の美意識に裏打ちされた“池田重子流とも称されるコーディネート”のこれまでの集大成といえる作品60余点。まさに「きもの美の神髄」「明治、大正、昭和と日本の爛熟期の着物文化の集大成」で、初回展の懐かしい作品もみられました。

今回特に感激したのは、岩永眞左子様に4年ぶりにお目にかかれたことです。岩永様は「日本のおしゃれ展」の企画を担当されてきた、いわゆる仕掛け人のお一人。
いつも人を優しく包み込むような、温かいすてきな笑顔で迎えてくださいます。その岩永様が以前書いておられた《「日本のおしゃれ展」に思う》の中の「・・・『こんな女の人がいたら抱きしめたい』と、明石縮に昼夜帯のお人形の前で呟いていた男性も心に残っています。角巻姿の母と子像の前で涙ぐんでおられた方は多くて数え切れません。現在の子供たちが成長した時に、涙ぐむほど懐かしい衣の思い出を、私たちは残してやることができるのでしょうか。」が、いつまでも心に残ります。


ところで、会場入り口で「前結び帯」の実演販売があり、50人以上の方が熱心に見入っていました。その中できものを着た方は10人、それも若い方が中心。帯結びがもっと楽になれば、きものを着る方がもっと増えるのに、と思ったものです。

[ 32 ] 年末年始の休校のお知らせ
掲載日 2010年12月24日(金) 20時09分
 
中沢和裁師範学舎は、下記の日程でお休みいたします。

    12月29日(水)〜1月5日(水)

[ 31 ] 夏期休校のお知らせ
掲載日 2010年7月23日(金) 18時31分
中沢和裁師範学舎は、下記の日程でお休みいたします。

8月12日(木)〜18日(水)

[ 30 ] ゴールデンウィーク期間中の休校のお知らせ
掲載日 2010年4月25日(日) 22時33分
中沢和裁師範学舎は、4月29日(木)と5月3日(月)・4日(火)は開校とし、5月5日(水)から9日(日)までを休校といたします。

[ 29 ] 年末年始休校のお知らせ
掲載日 2009年12月28日(月) 22時13分
中沢和裁師範学舎は、下記の日程でお休みいたします。

  12月29日(火)〜1月5日(火) 

[ 28 ] 同窓会のお知らせ
掲載日 2009年9月6日(日) 18時13分
コスモスの花が秋風に揺れる季節になりました。

中沢和裁師範学舎の同窓会を下記の予定で開催いたします。

 平成21年10月4日(日曜日)
 12:00〜14:00
 帝国ホテル(JR有楽町駅徒歩5分)
 17階:インペリアルラウンジAQUA
 会費:10,000円

昭和40年頃に卒業された山形県在住の方や、広島県や長野県からも出席されるというご連絡をいただいています。

ぜひ、ご参加くださいますようお知らせいたします。  

 

[ 27 ] 夏期休校のお知らせ
掲載日 2009年8月13日(木) 23時11分
残暑お見舞い申し上げます

中沢和裁師範学舎は、8月10日(月)から8月17日(月)まで
お休みいたします。

[ 26 ] 衣更着
掲載日 2009年2月27日(金) 00時06分
陰暦2月の異称「如月・衣更着(きさらぎ)」の語源を調べましたら、(「生更ぎ」の意。草木の更生することをいう。着物をさらに重ね着る意とするのは誤)と『広辞苑』にありました。筆者自身も長いこと「着物をさらに重ね着る」こと、と思いこんでいました。

過日、お弟子さんからの『なぜ、羽織と呼ぶんですか』という問い合わせで、改めてその語源をしらべてみました。諸説ありますが、「羽織ははふりで放り着る、即ち帯をせずして着たから」(『瓦礫雑考』)であろうと思われます。

文献では、永禄年間(1558〜69)の『室町殿日記』に「具足羽織」とあるのが最初のようで、これは武将が甲(よろい)の上に着た「陣羽織」のこと。ほかには「こうもり羽織」「革羽織」「袖無羽織」「打裂(ぶっさき)羽織」「三斎羽織」「女羽織」などがありました。

女性の羽織着用は元禄年間(1688〜1704)に始まったようですが、宝暦年間(1751〜64)に深川の辰巳芸者が素足に羽織姿で座敷に出たところから、一時流行。一般に普及したのは明治時代になってからのようです。

その基本的な形態に時代による変化はあまり見られませんが、着物と同じ丈のものや、座って裾が畳につくほどの短い丈など、羽織丈には著しい流行が見られます。

戦後の女性ものの羽織丈は2尺1〜3寸(約80〜87cm)が標準でしたが、現在は2尺5〜7寸(約94〜102cm)の長めが流行のようです。

このところ、中沢和裁師範学舎でも羽織のお仕立て依頼が多くなり、残り布でショールと羽織紐(長さ1尺〜1尺5寸)も、というご希望が増えてきました。







[ 25 ] 立秋
掲載日 2008年8月7日(木) 19時00分
残暑お見舞い申し上げます

「教室便り」の書き込みもすっかりご無沙汰してしまいました。

昨年春から学び始めた生徒さんは、お一人も落伍することなく全員がこの暑さにもめげずに、励んでおられます。明日からは10日間の夏休みに入ります。

生徒さんが順調にそれぞれ次の課程に進み、講師にも少し余裕が出て参りました。夏休み明けから新しい生徒さん若干名を募集いたします。

これに併せて、NTTの「iタウンページ」の広告もリニューアルいたしました。(ホームページのリニューアルはまだです)

[ 24 ] 如月
掲載日 2008年2月7日(木) 21時45分
花屋さんの店先に、菜の花やチューリップに混じって小手毬(コデマリ)が並んでいました。

小手毬はバラ科の落葉小低木で、白色の小花が球状に集まった姿が手毬に似ているところから名づけられたようです。
しなやかに、たおやかに伸びた枝に清楚な白い花をつけた様は雪柳にも似て、とても風情があります。また、紅葉した枝は生け花にもよく用いられます。花材としては主役になることが少ないですが、細く長い枝には積雪にも耐える芯の強さを感じさせます。


増えてきた生徒さんのための裁ち板を並べるために、事務机を移動させるなどして、またまた教室の模様替えをしました。

今月入られた生徒さんは、針を持ったのは初めてというお若い方ですが、初日から喜々として「運針」を始め、体全体でそのリズムをとっています。

なんと、この方も250CCのオートバイに乗って通ってきたのです。
というのも、一年先輩にも「ホンダの250CC」で通ってくる生徒さんがいますので、驚きの声でひと時教室中がにぎわいました。

しなやかな絹糸と針を持つ細い手に対して、ヘルメットをかぶってオートバイにまたがる勇姿。これで2度目とあってはさすがにビックリしましたが、その柔軟性と若さに脱帽です。
小柄な生徒さんですが、小手毬にも似た、たおやかさと意志の強さを感じました。


中沢和裁師範学舎の小さな庭の隅にある小手毬の木は、やっと芽吹いたばかりですが、今年も春から秋まで、垣根越しに生徒さんの目を楽しませてくれる事でしょう。

[ 23 ] 睦月
掲載日 2008年1月15日(火) 19時39分
埼玉県越谷市では、型染めした浴衣(ゆかた)地の天日干しが始まったようです。
松原染織工房さんをはじめ数軒は、今でも東京都内でその作業をされているようですが、近郊に移られて「長板中形(ながいたちゅうがた)」や「江戸小紋(えどこもん)」など、これまでの技術を絶やすことなく継続されている方々に、心からの声援を送ります。

新年のご挨拶で、長野と高崎のお得意呉服店様を回ってきました。それぞれのお店の販売担当の方から、貴重なお話などを伺うことができました。

長野のお店の販売担当の方は『せっかく買ったきものに"made in CHINA"とあると、お客様はがっかりされます。日本の民族衣裳なのだから……』と、「顧客の声と要望」および、国内生産と国内縫製にこだわりたい旨をお話ししてくださいました。

高崎のお店では、着用されたお客様が《着ごこちの良さ》を間接的に認めてくださり、再度来店された際に直接お目にかかるという、幸運に恵まれました。
販売担当の方から『ちょうど先ほどからお客様がお見えで「ここは仕立てがいいから……」と、おっしゃってたんですよ!』との嬉しいお話。私どもが訪問した時は、お客様はご自身のお召しものを選ばれた後、殿方用の紬のアンサンブルを探しておられました。
『仕立屋さんの”顔”が見えるっていいですよね(どこで仕立てているのかを、販売する側が承知している)』と言ってくださる店長さんにそのお客様をご紹介いただきましたので、「丹精こめて仕立てさせていただきます、……」と申し上げました。
「エンドユーザー」とお話ができるありがたい機会でした。

中沢和裁師範学舎には、新年早々新しい方が入り、「運針」を始めました。また、以前教室見学にこられた方も来月から学ばれます。
きものを愛してくださるすべての方のために、私どももさらに精進致します。


[ 22 ] 師走
掲載日 2007年12月10日(月) 18時48分
中沢和裁師範学舎の玄関横には、真っ赤に色づいた千両の実の隣に、白い清楚な水仙が咲き始めました。

吉祥寺駅前広場には、例年通りのすてきなイルミネーションが輝いています。今年はその装飾の中央に[60]の数字が出現し、「あれは何?」と道行く人の注目を集めているそうです。これは武蔵野市政施行60周年の数字で、新年を迎えた瞬間に[2008]に替わるようです。

[60]は還暦(かんれき)、本卦還(ほんけがえり)ともいいますが、《古きをたずねて新しきを知る》に通じるものがあるかもしれません。

先日、お母様がお召しになった「紅型(びんがた)」をご自身用にと、仕立て直しを依頼された方がいらっしゃいました。昭和40年代ころのしなやかな縮緬(ちりめん)に、色鮮やかな紅型染めが施されたもので、大事にされていたようです。洗い張り後、身丈(みたけ)と裄(ゆき)を長くして、すてきなお着物に生まれ変わりました。

また、「形見分け」でしょうか、昭和初期製作と思われる丸帯を2本の袋帯に、というご依頼がありました。数十年の時を経て、新しい帯芯を入れ、まったく同じ柄の豪華な帯2本になりました。

ほかにも、ご依頼主のお母様が昭和40年代に「七歳の祝」で着用した帯を後に大人用の袋帯にして、その娘であるご依頼主の「七歳の祝」用に仕立て直し、それをさらに袋帯に仕立て直して欲しい、というご依頼もありました。解いてみますと、表地はしっかりした西陣織で、黒襦子(くろじゅす)の足し布がそのまま中に残されていました。それを再利用をして、「京袋」(名古屋帯の長さの袋帯)に致しました。

いずれのご依頼にも母から娘へ、さらにその娘へと受け継がれる、お着物に託された《愛》を感じました。そして、大切なお着物のお仕立て直しと一緒に、温かいお気持ちまで頂いたようなうれしいご依頼でした。

思い出のお着物、お譲りのお着物、帯などの仕立て直しも承りますので、どうぞお気軽にお問い合わせください。









[ 20 ] 霜月
掲載日 2007年11月9日(金) 00時06分
前月ご紹介しました、島田市博物館に展示の袋帯の原画作者・加山又造画伯について、補足させていただきます。

昭和2年(1927)、西陣織の衣裳染織図案家であった加山勝也の長男として、京都に生まれる。祖父は京狩野派の絵師。
同24年(1949)、東京美術学校(現・東京藝術大学)日本画科を卒業し、山本丘人に師事。23歳で「第2回創造美術春季展」に出品し、「研究会賞」を受賞したのを手始めに数々の展覧会に出品、受賞。
同53年(1978)、高島屋での[加山又造展]では日本画、版画、着物や陶器も出品。

身延山久遠寺本堂の天井画《墨龍》や襖絵、京都祇園祭の山鉾を飾る織物《龍王渡海》の原画、新東京国際空港出発ロビーの陶板壁画《日月四季》なども手がける。
この間、多摩美術大学日本画科・東京藝術大学美術学部教授を歴任。平成15年(2003)文化勲章受賞。同16年(2004)没。

日本画の伝統的な様式美を現代的な感覚で表現した画家といわれ、昨年4月に松坂屋美術館で開催された大回顧展は「西洋美術への接近 -日本画革新の騎手として」、「伝統美への回帰 -琳派、大和絵への様式化」、「愛しきものたち -裸婦と動物」、「水墨への挑戦 -装飾性と簡潔性」の4つのテーマで構成。

袋帯の原画は、昭和41年制作の《華扇屏風》かと思われます。絹本彩色、6曲1双の屏風には、銀箔地に優雅に洗練された波濤、四季の花が11面の扇に鮮やかに美しく描かれていました。そして『ともかく、扇面散らし屏風を描いてみたかった。琳派には、扇面散らしの屏風の佳品が非常に多い。ともかく華やかに美しく画面を作り上げられるのは日本画の特徴だ。だから、日本画を描いている・・・』と添え書きがありました。

当学舎では、先日《現代の琳派》を思わせる豪華な「九百錦 プラチナ箔」の袋帯のお仕立てを致しました。

[ 17 ] 神無月
掲載日 2007年11月8日(木) 21時31分
先月ご案内の「島田大祭」(帯まつり)を、地元出身の曽根修身さんのご案内を得て見学してまいりました。

拍子木を打って大名行列を触れ知らせる「お先触(おさきぶれ)」を先頭に 200人を越す一行は、早朝に大井神社を出発し、大勢の見物客でにぎわう東海道を北上。

「槍持(やりもち)」、金襴(きんらん)・綴錦(つづれにしき)・綾錦(あやにしき)・唐織(からおり)など合わせて75枚の帯が見ものの「大奴(おおやっこ)」、重さ32キロという槍「大鳥毛(おおとりげ)」、「御殿様」、大きな黒毛の「葛籠馬(つづらうま)」、天狗を思わせる「猿田彦」、「御神輿(おみこし)」、「鹿島踊」、五街の「屋台」等と続きます。

奴髷(やっこまげ)に柳のかんざし、紺の半纏(はんてん)に白のしごきと化粧帯、錦の化粧廻し、時代物の豪華な丸帯を2本の木太刀に吊るした大奴25人が練り歩く様は、まさに圧巻。稚児(ちご)行列に付き添う方や、見物客にもすてきな帯や凝った帯が見られました。次回は、3年後の10月中旬に開催されるそうです。

また、島田市博物館では「島田大祭今昔」展を開催しており、祭りに使われた帯の名品や装束を展示。その他に加山又造画伯の下絵になる丸帯、龍村平蔵作の鮮やかな錦織の丸帯、能「石橋(しゃっきょう)」に取材の黒繻子(しゅす)地に牡丹と獅子などを金糸で刺繍した豪華な打掛は見応えがありました。

常設展示は、ここ島田宿を発祥の地とする「島田髷(しまだまげ)」の実物および関連資料や、「大井川の川越し」に関する資料などです。

学芸員の方に、『時代によって帯柄の配置が天地逆になることもある』という、貴重なご教示を頂きました。


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